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3月11日のこと

  25, 2011 22:46
ども。おひさしぶりです(汗)
久しぶりすぎてどう書いたら良いか悩んだので、とにかくその日の事を纏めてみようと思いました。

今年に入って、私的も含めて色々ありました。
年始に父が亡くなり、3月11日の東日本大震災、そして原発。

地震のあった時刻、私は独りで自宅に居ました。
ご近所のカフェにメニュー表を頼まれていたので印刷、程よいサイズにカットして取り込んだ洗濯物を畳んだら出かけようと、旦那の靴下を洗濯バサミから外したその時、緊急地震速報がTVと携帯電話から聞こえてきました。
そのどちらもが隣の部屋だったので確認しに行くと、グラッとゆる~く揺れ始め、だんだん強くなって行く中、周りの何か倒れそうな物を支えた方がいいのかと頭によぎりましたが机の下に隠れる方を選びました。

つねづね、このダイニング机は大きくて重くてこの部屋に似合わないから取り替えたいと思っていたけれど、この時ばかりはこの机で良かったと思った。
家の中のあらゆるものがズレたのに、この机だけは位置が変わらなかったんです。
机の下にある太い柱にしがみつき、時々その柱に頭をぶつけながら地震をやり過ごす中、色んな物が倒れて来ているのにそこに意識は向かず頭の中はただ、真っ白。
ふと、我に返ってやっと「早く止まって~」とつぶやく程度の声が出せました。
気がつくと、私の真横に突っ張り式のパテーションが倒れていました。
そういえば、強い地震がきている時に、しゃがみ込んでいた膝から下がひんやりとした覚えが。
パテーションが倒れた時にその前あった棚と水槽も倒れたようでした。
手作りの、さして重くもない棚の上にあるこの水槽はメダカが入っていて、前日に旦那が水槽いっぱいに水を足したばかりで、あんな地震の中では倒れるのは当然でした。
地震がいったんおさまった後、もともと帰省の予定があったので準備してあった荷物達を水槽の水から避難させ、1度だけ繋がった旦那との電話で、車で待機している事を告げて避難しました。
落ち着いてから右手の人差し指が腫れている事と、手足が震えている事に気がつきました。
津波が沿岸部に起きている事はおそらく1時間程たった頃、近所の方から訊きました。それ迄はここが今の被災地の中心だと思っていたのに。ただただ見える事の無い遠い海の方向を見つめる他ありませんでした。

旦那が定時で帰ってからは、1人では何もする気のおきなかった部屋の片付け。
こうゆう時はA型の旦那で良かったと思いましたwどんどん片付いて行きます。
地震の中、いつの間にか起きていた停電。こんな時の為に作った訳ではないけれど、販売用に沢山あった蜜蝋の蝋燭が役に立ちました。空いたジャム瓶に入れて手元を照らします。
思いのほか広がっている水槽の水。
紙もあちこちに散らばっていて、このまま一晩放置すると床に張り付いてとんでもなくなりそうだととにかく休憩を入れながら夜の10時迄作業を続けました。
この時の夕飯は非常時用に買っておいた缶入りパンと、水を入れて1時間経つと食べられる白米を分け合いました。ちなみに水も非常時用の水。
ガスも水道も無事だったけれど、台所は食器が散乱し、足を踏み入れられる状態ではありませんでした。

夜の10時になって旦那と2人で外に出かけました。
懐中電灯を一つもって、真っ暗な道をてくてく。都会と違って普段から夜の道は真っ暗だけど、いつも以上で、星がとてもよく見えました。
信号機も停電でつかない、コンビニも真っ暗。国道四号線を横断するのは危険なので地下道をライトを照らして夫婦手をつなぎ、反対側へ。目指したのは市役所です。
携帯電話の災害時伝言板には書き込んだものの、家の電話も携帯電話も繋がらないのでラジオで知った情報「政府の対応により東北の公衆電話を無料で使用出来るようになった」を確かめる為です。
まずは親に安否の連絡。そして週末会う予定だった関東の知人に。

この連絡が出来た事でだいぶ気持ちも楽になりました。
帰ったらまた作業。ちなみに暖房がつけられないので出かけた時と同じ格好のままです。
ちなみに靴も履いたまま室内へ。いつでも逃げられるようにというのもあったけど、ガラスの破片や水槽の水の他、鉢植えも倒れて泥水になっていたから。
寝る時はさすがに靴は脱いだけど、靴下も、ダウンコートも着たままその日は寝ました。
110425-1.jpg110425-2.jpg
水槽は横に1m程動いています。ただ普通に倒れていればパテーションの下敷きだったんじゃないかな。右は同じ場所の掃除後、13日の様子。
110425-3.jpg
銀粘土の仕事部屋。本棚が1m動いて倒れました。向いの本棚とワイヤーラックは前後左右に20cm移動。
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Comment - 8

sherton  

Re: タイトルなし

> ホイミさん
書きながら改めて思い出してみると、やっぱり凄かった^^;
学生時代の訓練では机に隠れたけれど、まさか本当に隠れる日が来るなんて、ね。
メダカちゃん、全滅です(ノ_<。)
水槽と鉢植えはその日のうちに旦那の手でベランダに。
当分の間は魚ちゃん飼えないです。

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sherton  

Re: タイトルなし

> りつみさん
ご心配ありがとうございます。
どうしても今回の事を口にする時、確かに自分も
大変だったけど、もっと大変だった人がいる。
そう思うとなかなか大変だったと口に出来ない人は、多いようです。
少しずつ、遅々とだけど、前に進んでします^^

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sherton  

Re: よかった!

>ほーしさん

tonちゃんw わ~なんだか懐かしい響きw
まだぐちゃぐちゃな部屋があって大掃除の真っ最中!
管理人が家の災害状況をチェックしにくるのですよ^^;
いまはそれを目標に前進しま~す!

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sherton  

Re: タイトルなし

>moobuさん
お久しぶりです^^
福島の沿岸の復興は原発のこともあって何年先になるかわからないけど
それでもきっと良くなって行くと信じています。
ご家庭の事情で他県へ移る友達もちらほら。
私は引っ越しは考えはいませんけど、埼玉の実家にときどき息抜きに
帰る事が出来るので幸せな方だと思います。
とにかく、元気にしてます^^

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ホイミ  

いや~ホンマに凄まじかったのですねぇ~
ご無事でほんと良かったです。
やっぱり机はもぐれるデカさと頑丈さが必要なのだなとあらためて思いました。(地震が来たらコタツにもぐろうかと思ってたけど、コタツでは役に立たなそうだね。)

水槽のメダカちゃんは大丈夫でしたか?

まだ再々余震が起きているので、ほんとお気を付けいただきたいと思います。

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りつみ  

地震後、とりあえず大丈夫だったことは確認できていたけど、やっぱり大変だったんだね・・・・。

少しは落ち着いたのだろうから、日記もUPできているんだろうけど、はやく今まで通りの生活ができることを祈っております。

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ほーし  

よかった!

tonちゃん!
久々にmixiに日記がupされたのみてほっとしました。

何より無事でよかったよ♪

まだまだ大変な感じだろうけど気張っていくのよー!

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moobu  

ご無事でよかった!!
またブログを書くことが出来る状況になられたこと、
本当によかった・・。

ご無沙汰しています。
今回の震災と原発事故。
一刻も早い終息を願っています。

日記を読むと、その瞬間の恐ろしさ、
地震の大きさ、
そのあとの戸惑いが伝わってきます。
大変でしたね・・。

日々TVやネットから伝わる東北の状況は
私の想像をはるかに超え、
また直接何もできない自分にいらだちと情けなさを感じ、
細々と募金をするぐらいしかできないのですが
一日も早く安心して生活できる日が来ることを
心からお祈りしています。

本当にご無事でよかったです。

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